アメリカ政府によるこのような政策によって、アメリカの私的利益集団の集合体のための明確な経済的目的は得られなかった。このことは、アメリカが支配的な債権者として世界の舞台に登場したことを、たとえばイギリスが先にその地位を獲得するために行った、より緩やかで軍事的な取り組みとは区別するものであった。イギリスの経済的、領土的目標は明白であり、ドイツの同様の目標との衝突は避けられなかった。しかし、アメリカはそのような立場になかった。第一次世界大戦に勝利したとき、植民地主義的な意味での帝国主義的野心の衝突は起こらなかった。
その代わり、アメリカ政府はヨーロッパに対して、最近の敵であると同時に味方でもある国々に対して、さらに資本問題を引き受けた。戦時中に始まったアメリカの国際金融資本は、戦争が終わるとさらに政府的な性格を強めることになった。ヒトラー政権下のドイツ、ムッソリーニ政権下のイタリア、フランコ政権下のスペインは、それぞれの資本家グループの個々の利益を、これらの利益を損なうことなく、国家の政治的目的に従属させたが、政権の性格に応じて、多かれ少なかれ効果的な規制に服させた。まさにこのことだが、はるかに穏やかなやり方で、米国政府が国家と世界の主要な信用機能の役割を引き受けることが暗黙の了解となっていた。
この権力の簒奪に対しては、国内あるいは国際金融資本の最も強大な集合体でさえ抵抗することはなかった。それどころか、世界金融秩序は、アメリカ政府が世界金融で果たす支配的な役割の上に成り立っていた。ドイツの経済学者ゲルハルト・フォン・シュルツ=ガヴェルニッツは、1925年2月のシップステッド上院議員の「米国が世界を平和に導くのは、まさにその金融化のおかげである」という発言を引用して、次のように書いている: 「われわれは全世界の銀行家であり、われわれの手にある経済力によって全世界を支配している。私たちがこの力をどのように使うかで、歴史が形作られるのです」。第一次世界大戦は、シュルツ=ガヴェルニッツが超帝国主義(Uberimperialismus)と呼んだ世界政治の新時代をもたらした。超帝国主義が新しい帝国主義であったのは、それが戦争を超えたものであり、軍事政治の対極にある財力に基づくものであったからである。
しかし、シュルツ=ガヴェルニッツは、債権者あるいは債務者としての政府の役割には焦点を当てなかった。レーニンやヒルファーディングのように、彼は民間部門における金融の支配に焦点を当てた。資本主義の世界において、一国の政府によるこの貸出権力の引き受けは、ボリシェヴィキ革命と同じくらい革命的であることが証明された。第一次世界大戦直後、アメリカは軍事予算を削減することで資産の散逸を抑えたからである。他国への無関心な融資によって海外で政治的目標を追求するアメリカ政府の能力は、より伝統的な軍事的手段によって同じ目標を達成しようとするコストを自らに負担させないという政府の決定によって強化された。
したがって当初から、アメリカの海外投資における政府の役割は、民間金融資本の投資ではなく、アメリカの対外政策を決定する上で決定的なものであった。この認識なしには、第一次世界大戦後の平時にアメリカが同盟国に対して追求した、一見矛盾した、自滅的とも思える政策を理解することはできない。第二次世界大戦後のアメリカの金融帝国主義政策を理解するためには、戦間期に米国が連合国間の戦争債務とドイツ賠償金に関して行った権力追求の背景を把握しない限り、その土台を築くことはできない。
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第1章、完訳です。明日から第2章に入ります。
先日お知らせしましたが、第1章以降は、約1週間の公開後、順次非公開にしていきますので、ご理解賜りますよう、お願い申し上げます。