マイケル・ハドソン「超帝国主義」p.25

米国は、IMFと世界銀行を通じてワシントン・コンセンサスを押し付けることによって債務国を支配し、財務省証券基準によって欧州、OPEC、東アジアの支払い余剰国に米国政府への強制融資を義務づけるという、それまでの帝国体制では実現できなかったグローバルな搾取形態を実現した。米国はドル不足の地域に対して、欧州や日本が行使できなかった古典的な債権者の梃子(てこ)を引き続き行使した。債務国経済は、自国の工業化と農業の近代化を阻止するために緊縮財政を強いられた。債務国の役割は、原材料の輸出と、通貨安による低賃金労働力の提供であった。

アメリカは、ドル余りの国に対して、前例のない新しい強制力を行使することを学んでいた。アメリカは、外国の余剰貯蓄をアメリカの国債に流さないことで、国際経済を通貨危機に陥れるというハッタリを、他の国々に敢行したのである。

帝国主義論への影響

現代の国際経済関係の根源を探るには、企業部門ではなく、アメリカ政府による中央銀行への圧力やIMF、世界銀行、世界貿易機関などの多国間組織への圧力に求める必要がある。第一次世界大戦後、特に第二次世界大戦後は、世界の中央銀行間の政府間融資・債務関係が、民間資本の推進力を凌駕するようになった。

この新しい帝国主義の根底には、利益を追求する民間企業の活動よりも、政府間資本の中央銀行や多国間管理機関を通じて、米国という単一の政府による各国とその政府への搾取がある。旧来の植民地主義的な帝国主義をアメリカの超帝国主義に変えたのは、1960年代以前は、アメリカ政府が債権者としての立場から国際機関を支配していたことである。

このような戦後経済関係の変容に直面した非共産圏は、対外貿易、投資、決済の防衛的規制に向かうしかないように思えた。主な抵抗勢力は、1970年代半ばに新国際経済秩序を要求する第三世界諸国であった。米国は、その大部分が軍事力の強化によって、こうした試みに打ち勝った。そして、1990年頃に欧州共同体や日本が自主性を主張し始めた頃には、米国は、第二次世界大戦後に主導して作り上げた開放的な世界経済を推進するそぶりを全く見せなくなった。