マイケル・ハドソン「文明の命運」p.211

ポストソ連経済の相互関係を根こそぎ奪取しての民営化

振り返ってみて注目すべきは、ソ連産業の根こそぎ奪取のシナリオが事前にいかに明確に描かれていたかということである。1990年12月19日、IMFと世界銀行、経済協力開発機構(OECD)、欧州復興開発銀行(EBRD)は、「ソ連経済:ヒューストン・サミットの要請で行われた研究」という共同報告書を作成した。IMFが発表したこの報告書は、第一次世界大戦後のドイツがヴェルサイユ条約によって受けたのと同じことをソ連に押し付けた。1917年の革命以来続いてきた冷戦に終止符を打つものであった。

ロシアの士気を失った指導者たちは、「旧体制の下でパフォーマンスを向上させる」という改革の方法はないという新自由主義者の主張を受け入れた。ヒューストンの報告書は、社会民主主義を公正な社会を形成するための誤った試みであるとし、こう主張している。「近代的な中央計画経済が成功した例はない。」まるで、独裁的な寡頭制だけが真の自由市場を創造できるかのようである。

歴史を通じての現実は、トップに立つ捕食者階級を除いて、レンティア経済が成功したとみなされることはない。チェックアンドバランスを備えた混合経済だけが、経済の二極化と富の集中による社会の貧困化を防いできたのである。しかし、報告書の自由市場の視野狭窄は、「経済の混乱を最小限に抑え、経済効率の果実を早期に収穫することにつながる緩やかな改革の道」を知らないとしている。民営化された企業に対して、法律や規制の制約を受けることなく、実質的に自由な所有権をインサイダーの寡頭政治に委ねるという過激なショックだけが、そのトリックを実行することになる。

その結果、従業員も政府機関も「自由市場」での支払い義務を負わされることはなかった。ヒューストン報告書は、「労働者の企業所有は企業改革の望ましい目的に反する」と警告し、従業員の経営に対する制約を避けることによって最大の効率を得られるとして、所有権の民主化に反対した。また、「バウチャー」と呼ばれる象徴的な制度は、資産収奪の機会を提供するものであった。バウチャーの多くは、ウォッカ1杯の値段で売られたという。少なくともそれは、目に見えるものだったからだ。

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昨日に続き、日曜も終日、スリランカ・アヌラダプラ周辺でのフィールドワークとなります。
翻訳できるのは日没以降ですね(日本との時差3時間半なので、午後10時以降ぐらいでしょうか)。
出発前に頑張って1本訳してみました。