「タッカー・カールソンによるプーチン大統領とのインタビュー」-主な発言


Mary Manley
Sputnik International
9 February 2024

インタビューの中でプーチンは、ウクライナはアメリカの要請でロシアとの協議を放棄することを選んだと語った。

木曜日、アメリカのジャーナリスト、タッカー・カールソンがロシアのプーチン大統領とのインタビューを公開した。彼は、2022年2月にウクライナでの特別軍事作戦が始まって以来、西側のジャーナリストとしては初めてのことである。

2時間にわたるインタビューの中で、プーチンはまず「ウクライナ」の何世紀にもわたる歴史を説明した。彼は、ポーランド・リトアニア国家の一部であったロシア南部の土地を郊外とみなしていたポーランド人によって考案された名前だと言う。

「どの民族に属するという定義はなかった」とプーチンはカールソンに言った。

「重要なのは、戦争が始まり、ポーランドがチェコスロバキアに対して行った政策の餌食になったことだ。よく知られているモロトフ=リッベントロップ条約の下で、ウクライナ西部を含む領土の一部がロシアに与えられることになった」とプーチンは述べた。

「このような状況が生まれたのだ。1922年、ソビエト連邦が樹立されたとき、ボリシェヴィキはソビエト連邦の建設を開始し、それまで存在しなかったソビエト・ウクライナを樹立した」とプーチンは付け加えた。

「ルーマニアとハンガリーは自分たちの土地の一部を取り上げられ、ソビエト・ウクライナに与えられた。この意味で、ウクライナはスターリンの意思で形作られた人工的な国家であると断言するあらゆる理由がある」とプーチンは説明した。

続いてカールソンは、ハンガリーのオルバン首相に「ウクライナの一部を持ってもいい」と言ったかとプーチンに尋ねたが、プーチンは「決して」と答えた。しかし、プーチンはインタビューの中で、ロシアとウクライナの対立のきっかけを説明した。

「2008年、ウクライナにNATOの門戸が開かれた。2014年にクーデターが起きた。彼らはクーデターを受け入れない人々を迫害し始めた。まさにクーデターだった。彼らはクリミアへの脅威を作り出し、我々はそれを保護下に置かなければならなかった。彼らは2014年にドンバスで民間人に対する航空機や大砲の使用による戦争を開始した。これがすべての始まりだ」とプーチンは言った。

「当初、紛争を誘発したのはウクライナのクーデターだった。CIAはクーデターを完成させるために仕事をした」とプーチンは述べた。

プーチンは、西側諸国がウクライナを軍国主義化していることについて、何度もアメリカと話をしたと付け加え、ウクライナが軍事行動の準備を始めたと付け加えた。ロシア大統領はまた、ウクライナ紛争についても和解交渉を望んでいたと説明した。

「我々はイスタンブールで、ウクライナ代表団の代表が署名した巨大な文書を作成した。ウクライナの代表は、すべての条項に署名したのではなく、いくつかの条項に署名したのだ。18カ月も前にね。しかし、ジョンソン英首相がやってきて、ウクライナを説得し、我々はそのチャンスを逃してしまった」とプーチンは語った。

ロシアはその目的を達成したのかと尋ねられたプーチンは、その目的のひとつは脱ナチ化であり、すべてのネオナチ運動の禁止であるため、まだ達成していないと答えた。プーチンは、ウクライナは独立後にアイデンティティを求め、そのアイデンティティはアドルフ・ヒトラーに協力した人々に基づいていると付け加えた。

❗️ ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、カールソン氏とのインタビューの中で、「非ナチ化」という用語で何を理解しているかをジャーナリストに語った。
-スプートニク (@SputnikInt) 2024年2月9日

インタビューはしばしばNATOの話題になり、カールソン氏は大統領に、潜在的な核の脅威を含め、NATOにおける西側からの物理的脅威を感じたことがあるか尋ねた。カールソンはまた、この脅威がプーチンをウクライナに「向かわせた」のか、と尋ねた。

「旧ロシアの指導者たちは、ソ連は消滅し、イデオロギー的な分断線はもはや存在しないと考えていた。ロシアはソビエト連邦の崩壊に自発的かつ積極的に同意し、それがいわゆる文明国である西側諸国から協力と協調への誘いとして理解されるとさえ信じていた。それこそが、ロシアがアメリカからも、いわゆる集団的な西側諸国全体からも期待されていたことなのだ」とプーチンは語った。

プーチンは、西側諸国はNATOが東方へ拡大することはないとロシアに約束したのに、それが5回も繰り返されたと付け加えた。

「NATOは東方へ拡大しないという約束だった。しかし、それは5回起こった。5回の拡張の波があった。私たちはそれをすべて容認した。我々は彼らを説得しようとしていた。やめてくれ、と。私たちは今、あなた方と同じようにブルジョアです。我々は市場経済であり、共産党の力はない。交渉しましょう」と大統領は説明した。

ロシア大統領は、大統領就任当初、ビル・クリントン大統領にロシアがNATOに加盟することは可能かと尋ねたことがあると付け加えた。

「私は2000年に大統領になった。ユーゴスラビア問題は終わった。ロシアが通ろうとしていたドアを再び開けよう」と彼は説明した。

「ここクレムリンで、ちょうど隣の部屋にいた退任するビル・クリントン大統領と会談したとき、私は彼にこう言った。『ビル、もしロシアがNATOへの加盟を求めたら、実現すると思うか?』と尋ねた。突然、彼はこう言ったんだ。『それは興味深い。できると思うよ』と。しかし、夕方、夕食を共にしたとき、彼はこう言った。『チームと話し合ったが、今は無理だ。』」

カールソンはプーチンに、前アメリカ大統領が当時「イエス」と答えていたら、NATOに加盟していたかどうか尋ねた。プーチンは「そうなっていたかもしれない」と答えたが、そうならなかったことを「恨んでいる」わけでも「憤慨している」わけでもないと答えた。

❗️ #ウラジーミル #プーチン ロシア大統領は、タッカー #カールソン のNATO加盟に関する質問に答え、ロシアは同盟に加盟できたかもしれないと述べた。

「あなたは誠実でしたか?あなたは #NATO に参加したでしょうか?」とカールソンは質問した。

「いいですか、私は可能か不可能かを質問したんだ。と... pic.twitter.com/y8HX9bkbcF
-スプートニク (@SputnikInt) 2024年2月9日

中国についてプーチン大統領は、「西側諸国は強いロシアを恐れる以上に、強い中国を恐れている」と述べた。さらに、中国の経済は「飛躍的」に成長していると付け加えた。また、BRICsは中国経済に支配される危険性があるのかという質問に対して、プーチンはBRICsを「ブギーマンストーリー」と呼んだ。
「それはブギーマンストーリーだ。我々は中国とは隣国だ。近親者を選ぶことができないように、隣人を選ぶことはできない。私たちは1000kmの国境を共有している。これが第一だ。第二に、我々には何世紀にもわたる共存の歴史がある。我々はそれに慣れている。第三に、中国の外交理念は攻撃的ではない。その考え方は、常に妥協点を探すというものだ。そして我々はそれを見ることができる。」

ロシアのプーチン大統領は、ロシアは何百年もの間、中国と巨大な国境を共有しており、中国を深く理解していると述べた。

ロシア大統領は、ジャーナリストの #タッカー #カールソン 氏が、中国が中国を... pic.twitter.com/Rp7kV7tEb5
-スプートニク (@SputnikInt) 2024年2月8日

ノルド・ストリームを爆破したのは誰かという質問に対し、プーチン大統領は、「確実に」アメリカだと答えた。

「しかしこの場合、関心を持つ人物を探すだけでなく、能力を持つ人物も探すべきだ。なぜなら、関心を持つ人物は大勢いるかもしれないが、その全員がバルト海の底に沈んで爆破を実行できるわけではないからだ。この2つの要素はつながっていなければならない。誰が興味を持ち、誰が実行できるのか?」

ウラジーミル・プーチンはカールソンとのインタビューで、誰がノルド・ストリーム・パイプラインを爆破したのかを説明した。

「誰がノルドストリームを爆破したのか?」とカールソンは尋ねた。

「確かにあなたですよ」と大統領は答えた。

「あの日、私は忙しかった。私はノルドストリームを爆破していない。だけどありがとう」とカールソンは言った。

「あなたは... pic.twitter.com/gtYvbDTptd
-スプートニク (@SputnikInt) 2024年2月9日

インタビューの最後に、プーチン大統領は、ウクライナでの作戦は最終的には合意で終わり、時間がたてば関係は回復すると述べた。

「現在起きていることは、ある程度内戦的な要素もある。西側諸国の誰もが、ロシア国民は永遠に敵対行為によって分断されてきたと思っている。統一はまだそこにある。なぜウクライナ当局はウクライナ正教会を解体しようとしているのか?ウクライナ正教会は領土だけでなく、私たちの魂を一つにするものだからです。誰も魂を切り離すことはできないでしょう。」

「現在の状況を考えると、奇妙に聞こえるかもしれない。しかし、両国民の関係はいずれにせよ再構築されるだろう。時間はかかるだろうが、癒えるだろう」とロシア大統領は語った。

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